似鳥昭雄氏は1944年、樺太(現サハリン)で生まれました。終戦に伴い北海道札幌市へ引き揚げてきましたが、当時の生活は筆舌に尽くしがたい極貧状態でした。実家はヤミ米屋を営んでおり、小学生の頃から母親の手伝いで重い米俵を担ぎ、警察の目を盗みながら夜中に配達させられる日々を送ります。
学校では引き揚げ者であることや貧しさを理由に激しいいじめを受け、勉強もまったくついていけませんでした。テストは常にクラスで最下位争い。通信簿には「1」や「2」が並び、落ち着きのない行動から教師や周囲からも見放される「落ちこぼれ」のレッテルを貼られていたといいます。
進学のハードルも高く、高校受験では定時制を含めて失敗が続き、なんとか北海道工業高校(現・札幌創成高校)の土木科へ入学。その後の大学進学でも学力不足に苦しみますが、母親の奔走や機転によって北海学園大学経済学部への進学を果たします。大学時代も決して優等生ではなく、授業や試験を要領と周囲の助けで乗り切る日々でしたが、この時期に培われた「他人に頭を下げて助けてもらう愛嬌」や「人を巻き込む泥臭い交渉力」こそが、後のビジネス人生における強力な武器となりました。