事件の代償はあまりにも過酷でした。放送直後からニッポン放送をはじめとする各局に抗議が殺到。所属事務所である渡辺プロダクションの幹部は激怒し、松本明子はその場で無期限の活動停止・事実上の謹慎処分を下されることになります。
テレビ局やラジオ局からは軒並み出入り禁止を言い渡され、予定されていた仕事はすべて白紙撤回。メディアから完全に「干された」状態となった彼女を待っていたのは、約2年間におよぶ過酷な極貧生活でした。
事務所からの給料は最低限にカットされ、実家にも顔向けができない松本明子は、日中の大半を近所の公園で過ごすようになります。水道の水で喉を潤し、ときには公園の公衆トイレで寒さをしのぎながら時間をつぶすという、元アイドルとは思えない壮絶な日々を送りました。しかし、このどん底の2年間で培われた強靭なメンタルと徹底的な節約生活の経験が、のちのバラエティタレントとしての人間的な厚みを生み出すことになります。