浅田家にとって最大の悲劇となったのが、2011年12月、姉妹を二人三脚で支え続けてきた母・匡子さんの早すぎる他界(享年48)でした。母の闘病中、敏治氏は病院に付き添い看病を続けましたが、匡子さんの死後は家庭環境が大きく変化し、一時期は姉妹と父親との間に距離が生まれた時期もあったとされています。
しかし、時間の経過と姉妹それぞれの精神的な成熟により、家族の絆は再び修復へと向かいました。姉の浅田舞さんはバラエティ番組等で父親との温かいエピソードを口にすることがあり、父の日や誕生日には姉妹で贈り物を届けるなど、穏やかな交流が続いています。
真央さんが現役を引退し、自らプロデュースするアイスショーの全国ツアーや記念スケートリンクの設立といった大きな事業に挑む姿を、敏治氏は表に出ることなく、名古屋の地から静かに応援し続けています。