東アジア反日武装戦線の首謀者であった大道寺将司は、北海道釧路市に生まれ、地元有数の進学校を経て大阪市立大学に進学しました。学生運動が退潮に向かう中で急速に過激化し、大学を中退して東京へ移住。高校時代の仲間を中心に組織を立ち上げ、爆弾テロの技術を独学で習得していきました。
1975年の逮捕後、大道寺は裁判で死刑判決が確定しました。獄中では自らの犯行に対する手記や短歌を綴り、被害者への謝罪の念を示す一方で、自らの反日思想の正当性を完全に捨てることはありませんでした。再審請求を続けていたものの、2017年5月24日、多発性骨髄腫のため東京拘置所で病死(享年68)。死刑執行に至らぬまま、その生涯を閉じました。
他のメンバーの判決と動向も極刑から長期刑まで多岐にわたります。片岡利明は死刑が確定し現在も拘置所に収監中であり、大地の牙の浴田由紀子は懲役20年の判決を受けて服役し、2017年に刑期を満了して出所しました。また、さそりの宇賀神寿一(懲役18年)や黒川芳正(無期懲役)もそれぞれ法的手続きを経て服役しています。