歴史の教科書では、蝦夷のリーダーであるアテルイが田村麻呂に降伏し、その後京都で処刑されたと短く片付けられることが多い。しかし、今回の発見は、その裏にあった二人の「男の約束」に新しい光を当てている。
木簡に記されたやり取りの断片からは、田村麻呂がアテルイに対し、降伏後の蝦夷の自治権を一定程度認める約束をしていた可能性が浮上した。田村麻呂が京都にアテルイを連れて帰った際、彼の助命を嘆願したのは有名な話だ。それは単なる同情ではなく、東北の安定にはアテルイのカリスマ性が不可欠であるという、極めて現実的かつ未来志向の和平合意があったからに他ならない。