山梨県内に浅間神社が数多く鎮座する理由は、太古より繰り返されてきた富士山の噴火活動と深く結びついています。平安時代初期、激しい火山活動を「富士山に宿る荒ぶる神の怒り」と捉えた人々が、神の怒りを鎮めるために社殿を建立したのが浅間信仰の黎明期です。
なかでも参拝者が訪れるべき中核神社は、それぞれ独自のアイデンティティを確立しています。
第一に、富士吉田市に鎮座する北口本宮冨士浅間神社は、富士登山道「吉田口」の起点として富士講文化を牽引してきた最高峰の霊場です。樹齢数百年のスギやヒノキが立ち並ぶ参道と、国指定重要文化財の本殿・西宮本殿が放つ重厚な気品は、他の追随を許しません。
第二に、同じく富士吉田市の新倉富士浅間神社(新倉山浅間公園)は、戦国時代の武将・武田信玄の父である武田信虎が戦勝祈願に訪れた由緒を持ちます。朱色の五重塔「忠霊塔」越しに望む富士山の景観は、日本の美を象徴する世界的名所として知られています。
第三に、笛吹市に位置する甲斐国一宮浅間神社は、865年に富士山の大噴火を鎮める勅命によって創祀された甲斐国(現在の山梨県)で最も社格の高い一宮です。富士北麓の神社群とは異なり、甲府盆地の豊かな果樹地帯に鎮座し、地元では「一宮さん」として親しまれています。
第四に、富士河口湖町の河口浅間神社は、貞観6年(864年)の貞観大噴火を受け、富士山の北側対岸に鎮火を祈願して建立された古社です。境内には山梨県指定天然記念物である「七本杉」がそびえ、近年は高台の遥拝所「天空の鳥居」でも大きな注目を集めています。