牧のうどんを語る上で避けて通れないのが、「どんぶりの中の麺がいつまでも減らない」という怪現象です。実際に箸を進めてみると、2口、3口と啜っているはずなのに、体感的な麺の体積が減るどころか、むしろ盛り上がっているようにすら錯覚します。この不思議な現象の背景には、同店が創業以来頑なに守り続ける独自の製麺・調理プロセスが存在します。
一般的なうどんは、茹で上げた後に冷水でしっかりと締め、表面のぬめりを落としてコシを出します。しかし、牧のうどんでは「釜揚げ状態(茹で釜から直接丼へ引き揚げる方式)」を採用しています。冷水で締めない麺は表面の気泡が閉じておらず、スポンジのように極めて高い吸水性を保ったままです。運ばれてきた瞬間から、丼に注がれた熱々の出汁を猛烈な勢いで吸い上げ、時間の経過とともに一本一本が横に膨張していきます。これが「食べても減らない」物理的な真相です。
この特性ゆえに、時間が経つと丼の中のスープが完全に吸い尽くされてしまい、汁なし麺のような状態に陥ります。そこで登場するのが、各座席に配備、あるいは丼と一緒に提供される「スープおかわり用のやかん」です。やかんの中には熱狂的な旨味を誇る純度100%の追加スープが入っており、麺がスープを吸って水位が下がったタイミングで、客自身が丼へ注ぎ足しながら食べ進めるのが牧のうどん独自のルールとなっています。