メディアでの露出が増えるにつれ、本郷氏の発言やスタンスに対するネット上の評判は、称賛と批判が入り混じる賛否両論の様相を呈しています。一部の歴史ファンやネットユーザーの間では、「大胆すぎて学術的な正確さを欠いているのではないか」「テレビ向けの過激なポジショントークが目立つ」といった厳しい指摘がなされることも珍しくありません。
こうした議論の背景には、本郷氏があえて「従来の学会の通説に揺さぶりをかける仮説」をテレビや一般向け媒体で積極的に提示する姿勢があります。例えば、織田信長や明智光秀の動機、源頼朝と義経の対立構造などについて、学術界で主流とされない見解を独自のロジックで語る場面があり、これが専門的な知見を持つ層の議論を刺激する結果となっています。
しかし、発言の真相を追っていくと、本郷氏の意図は決して単なる逆張りや炎上狙いではありません。歴史学の議論が象牙の塔に閉じこもり、一般市民から乖離してしまうことへの強い危機感が根底にあります。「歴史とは確定した正解を暗記する学問ではなく、残された史料から多様な可能性を推理する思考の訓練である」という信念のもと、あえて読者や視聴者に疑問を抱かせる問題提起を行っているのが実情です。批判を恐れずにオープンな場へ議論を投げかける姿勢こそが、良くも悪くも強い熱量を生み出す原動力となっています。