ネット上でしばしば囁かれるのが、「モーニングショーのコメントはすべて局が用意した台本通りである」「特定の政治思想に偏向している」という言説です。しかし、制作現場の実態を取材すると、ネットの噂とは異なる実像が浮かび上がります。
まず、コメントに「一言一句決まった台本」は存在しません。番組制作の現場では、放送前日の夜から当日の早朝にかけて、ディレクターとコメンテーターの間で綿密な「プレビュー(事前打ち合わせ)」が行われます。ここでは事実関係の確認や提示するパネル資料の流れは共有されますが、出演者が何を述べるかまでは拘束されません。
生放送中に玉川氏が羽鳥アナウンサーの制止を振り切って持論を展開したり、コメンテーター同士で意見の食い違いが生じたりする場面は、計算された演出ではなく文字通りのライブハプニングです。羽鳥アナウンサーの卓越したタイムキープと絶妙なフォローによって、番組としての破綻を回避しています。
また、「番組全体が左派的・反権力的である」という批判についても、キャスティング構造を分解すると別の側面が見えてきます。玉川氏が批判的な切り込みを担当する一方で、弁護士勢が制度的・現実的な制約を提示し、羽鳥氏が中立的な立場から視聴者の平均的な疑問を投げかけるという「役割分担(ディベートの構造)」が意図的に設計されています。一見すると偏向に見える場面も、視聴者の関心を惹きつけるための構造的な言論プロレスとして機能しているのが実態です。