妙義山の中之嶽神社は、社殿建築の観点からも極めて珍しい構造を持っています。階段を上り詰めた先にある拝殿の奥には、一般的な神社で見られるはずの本殿が存在しません。拝殿の背後にそびえ立つ、高さ数十メートルにも及ぶ巨岩「轟岩(とどろきいわ)」そのものを直接拝む、古代日本の「磐座(いわくら)信仰」の形態を現在に受け継いでいます。
神社の歴史は古く、寺伝や社記によると第52代・嵯峨天皇の御代である弘仁7年(816年)、山伏の寿仁寿長が妙義山の南峰に神鏡を祀ったことが起源と伝えられています。日本武尊(やまとたけるのみこと)が関東平野の開拓と東征の途上でこの山に登り、国土の安寧を祈願したという神話も残されており、妙義山全体が修験道の過酷な行場として崇められてきました。
社殿の隙間から見上げる轟岩は、自然の猛威と悠久の歳月が削り出した荒々しい岩肌を露わにしており、人工の建造物では決して再現できない圧倒的な威圧感を放っています。訪れる者を沈黙させるこの空間こそが、妙義山屈指のパワースポットと呼ばれる所以です。