田宮二郎の悲劇を語る上で避けて通れないのが、病魔としての躁鬱病(双極性障害)と、それに起因する借金問題です。
1970年代中盤から、田宮は気分の高揚と激しい落ち込みを極端に繰り返すようになりました。躁状態にある時期の彼は、映画やドラマの現場で超人的なエネルギーを発揮する一方、現実離れした巨大ビジネス構想に次々と手を出しました。イギリスからの高級舶来品の輸入代理店事業、マンション開発、さらには医療機器関連の巨額投資や海外リゾート利権への出資など、芸能活動の枠を大きく踏み出した事業に傾倒していったのです。
しかし、躁状態が去って鬱状態に転じると、手元に残されたのは推定数億円に上る巨額の負債と返済の督促でした。鬱期の田宮は激しい不眠、食欲不振、激やせ、極度の対人恐怖に襲われ、親しい関係者に対しても「もう駄目だ、破滅する」と弱音を漏らすようになっていました。現代の精神医学であれば早期の休養と気分安定薬による適切な薬物療法が施されるケースですが、当時は精神疾患への偏見が根強く、昭和の大スターとしての看板が彼自身の治療機会を奪う結果となりました。