甲斐バンド「バス通り」誕生秘話|デビュー曲に隠された葛藤と評価の真相

甲斐バンド「バス通り」誕生秘話|デビュー曲に隠された葛藤と評価の真相

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1974年11月4日、「バス通り」はシングルとして世に放たれました。しかし、甲斐よしひろにとってこの曲は、自らの音楽的アイデンティティを曲げて世に出した「苦渋の象徴」となってしまいます。

デビュー当時のプロモーションでは、フォークデュオやシンガーソングライターと同列に扱われ、テレビやラジオの現場でも爽やかな青年像を演じることを求められました。ライブハウスで彼らの激しいステージを期待していたロックファンからも「セルアウトしたのではないか」と冷ややかな視線を浴びる事態となり、バンドメンバー全員が激しい自己矛盾に苛まれます。

この強烈な反発心から、甲斐よしひろはヒットチャートを意識した活動に決別を誓い、続く2ndシングル「裏切りの街角」(1975年)で自らのルーツである哀愁のロックバラードを提示してスマッシュヒットを記録します。その後、「バス通り」は長きにわたりバンドの公式ライブセットリストから完全に排除され、ファンの間では「公の場で歌われない幻のデビュー曲」として語り継がれることになりました。

佐々木 一輝
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佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。