『光GENJIへ』がミリオンセラーを記録したにもかかわらず、なぜ当時の社会はジャニー喜多川氏の性加害問題を糾弾できなかったのか。そこには、ジャニーズ問題報道の歴史における最も根深いメディアの暗部が存在していました。
当時、テレビ局各社や大手全国紙、主要エンタメ誌は、ジャニーズ事務所からのタレント引き揚げや取材拒否を恐れ、この大ベストセラーの存在を完全に黙殺しました。北公次の叫びは「落ちぶれた元アイドルの売名行為」「暴露本の一種」として片付けられ、芸能ジャーナリズム全体が共犯関係となって不可視化してしまったのです。
その後、1999年の『週刊文春』による追及キャンペーンと、それに伴う名誉毀損裁判(2003年東京高裁判決、2004年最高裁で性加害の真実相当性が確定)を経てもなお、大手メディアの沈黙は破られませんでした。北公次が命がけで灯した告発の火は、2026年の英BBCによるドキュメンタリー報道によって世界的な追及が始まるまで、実に35年もの間、歴史の闇に封じ込められていたことになります。