特攻命令を発出し続けた第4航空軍司令官・冨永恭次中将の存在は、当時の大日本帝国陸軍が抱えていた組織的病理を象徴している。部下には「最後の一人まで特攻せよ」と苛烈な命を下しながら、自らは情勢が悪化すると胃潰瘍の診断書を理由に台湾へ後方撤退した。この指揮官の言動は、現場の兵士たちに深い不信感をもたらした。
佐々木友次が上官の過剰な威圧に屈しなかった背景には、こうした精神論先行の幹部に対する冷徹な観察眼があった。組織の面目や精神主義が暴走した時、末端の兵士がいかに不条理な犠牲を強いられるか。太平洋戦争末期の惨劇は、合理性を欠いた組織がたどる必然の末路を示している。