海を渡った和田の挑戦は、決して平坦な道のりではなかった。シカゴ・カブスへの移籍後、彼を待ち受けていたのはトミー・ジョン手術という大きな試練だった。リハビリという過酷な時間を耐え抜き、マイナー契約から這い上がって掴んだメジャーのマウンド。そこで見せた粘り強い投げっぷりは、アメリカの現地メディアやファンからも高い評価を獲得した。
メジャーリーグ(MLB)での過酷な経験は、和田の投手としての深みをより一層増す結果となった。パワー重視のMLB打者を相手にする中で、変化球の精度向上や手元での動くボールの習得など、自身のモデルチェンジを完遂。怪我という挫折を経験しながらも進化を止めなかった執念こそが、後に日本へ復帰した際、40歳を超えてもなお主力として投げ続けられた最大の理由である。