阿部慎之助という不世出の捕手を語る上で、実父である阿部東司(とうじ)氏の存在を抜きにすることはできない。千葉の名門・習志野高校で鳴らし、社会人野球の電通でも強打者として名を馳せた東司氏は、幼少期の慎之助少年にとって最初の、そして最も厳格な野球の師匠だった。
自宅の庭に作られた即席のバッティングゲージ。そこで夜遅くまで繰り返されたティーバッティングは、後に巨人軍の4番打者として数々のタイトルを奪取する強靭なリストと卓越したバットコントロールを育んだ。父は単に技術を教え込んだのではない。「どんな状況でも逃げない捕手の度胸」と「チームを背負うキャプテンシー」を、その生き様を通して息子に叩き込んだのだ。
スポーツジャーナリズムの世界でも語り草となっているのが、プロ入り後も続いた父と息子の濃密な対話だ。打撃フォームの細かなズレを指摘し、捕手としての配球に厳しい苦言を呈することもあった父。その厳しい教えがあったからこそ、現在の名将・阿部慎之助の骨格が形成された。