シドの生涯を語る上で避けて通れないのが、アメリカ人女性ナンシー・スパンゲンとの破滅的な関係です。彼女との出会いはシドのヘロイン依存を決定的なものにし、バンドメンバーやマネジメントとの亀裂を決定づけました。ふたりの破滅的な逃避行は、後に映画『シド・アンド・ナンシー』でも生々しく描かれています。
悲劇の舞台となったのは、1978年10月12日、ニューヨークの伝説的な宿札所チェルシーホテルの100号室でした。早朝、バスルームの洗面台の下で、腹部をナイフで刺されたナンシーの遺体が発見されます。部屋にいたシドは第2級殺人容疑でニューヨーク市警に即座に逮捕されました。
警察の初期尋問に対し、シドは「自分が刺したかもしれない」と曖昧な供述を残す一方で、正気に戻った後は一貫して「ベッドで眠り込んでおり、目が覚めたら彼女が倒れていた」と無罪を主張しました。シド・ヴィシャス 事件の真相については、現在でも以下の3つの有力な仮説がジャーナリストや歴史家の間で検証されています。
- 第三者による強盗・刺殺説:当日、部屋に出入りしていた複数の麻薬売人が金品を奪う目的でナンシーを襲撃したという証言(部屋にあった多額の現金が消失していた事実が記録されています)。
- 諍いの末の過失・偶発説:重度の薬物混濁状態における口論の果てに、突発的な刃傷沙汰へ発展したとする見方。
- 共依存による心中未遂説:死への憧憬を共有していたふたりによる、破滅的願望の発露であったという精神分析的視点。
正式な裁判が開かれる前にシド自身が急逝したため、司法判断が下されることは永遠になく、事件は今もミステリーの厚いベールに包まれています。