久美子前社長のもとで新たな路線を歩み始めた株式会社大塚家具だったが、業績の低迷は歯止めがかからなかった。顧客離れと赤字経営が続く中、同社は支援を求めて株式会社ヤマダホールディングス(旧ヤマダ電機)の傘下に入る決断を下す。家電と家具の融合という新たなシナジーを狙ったものの、時代の荒波を乗り越えることはできなかった。
最終的に株式会社大塚家具はヤマダホールディングスに完全吸収され、長年親しまれた法人は消滅、ブランドの看板もヤマダの店舗網へと組み込まれる形となった。かつて日本を代表する高級家具チェーンとして名を馳せた企業が辿った結末は、企業経営・事業承継の難しさを象徴する出来事として、今なお語り継がれている。