ネット上の一部では「AKB時代は人気がなくてバラエティに回された」「戦力外でSDNに左遷された」といった一面的な見方が散見されます。しかし、当時の現場を知る関係者やファンコミュニティの検証からは全く異なる真実が見えてきます。
第一に、初期AKB48の劇場公演を成立させていたのは、前田敦子や大島優子といったエース級の輝きだけでなく、野呂佳代や秋元才加が担っていた「圧倒的なMC回しと空気づくり」でした。劇場の空気が重い日も、野呂がアドリブ一つで笑いを生み出し、客席とステージを一体化させていたことは関係者の間で語り草になっています。
第二に、ダンススキルの高さです。初期チームKの代表曲『転がり続けて』やハードなナンバーにおいて、野呂は決して遅れをとることなくセンター脇を固めていました。決して「スキル不足で埋もれた」のではなく、「グループ全体のバランスと次世代育成のために、あえて汚れ役やまとめ役を引き受けた功労者」というのが客観的な事実です。