『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』の著者であるデヴィッド・グレーバーは、ブルシットジョブを次のように定義しました。それは「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償雇用の形態」です。最大のポイントは、外部の評論家が「無駄だ」と断じるのではなく、現場で実際に働いている労働者自身が「この仕事は世の中に何の役にも立っていない」と確信している点にあります。
20世紀の経済学者ジョン・メイナード・ケインズは、技術革新によって21世紀には「週15時間労働」が実現すると予測しました。生産性が向上すれば、人間は労働から解放され、余暇を楽しむユートピアが訪れるはずでした。しかし現実に起きたのは、余剰時間を埋めるための「無意味な仕事の大量生産」だったのです。
自著や残されたインタビュー記録の中でグレーバーが指摘した通り、これは資本主義の非効率性を覆い隠すためのモラル・パニックでもあります。仕事をすること自体が道徳的な美徳とされ、中身の価値を問わずに「忙しく働くポーズ」を強要される環境は、働く人間の尊厳を奪う「精神的暴力」に他なりません。