芸能界において「二世タレント」という肩書は時に強烈な武器になりますが、菊池風磨はその選択肢を真っ向から拒絶しました。2008年に事務所のオーディションを受ける際、父親が嵐の作詞を手掛けた菊池常利であることを一切明かさずに履歴書を送付したのです。
風磨が合格し、レッスン生として活動を始めてしばらく経った頃、書類上の名義や関係者の伝聞から真相を知ったジャニー喜多川氏が「YOU、ツネの息子なの!? なんで最初に言わないの!?」と激怒に近い驚きを見せたというエピソードは、ファンの間でも伝説として語り継がれています。
父である常利もまた、息子の挑戦に対して「自分の力だけで這い上がれ」という無言のスタンスを貫きました。過剰に干渉せず、表現者としての厳しさと覚悟を背中で教え込んだからこそ、菊池風磨は誰にも頼らない圧倒的なトークスキルとセルフプロデュース力を確立するに至ったと言えます。