俊作氏のアスリートとしての実績は、単なる学生スポーツの枠を大きく超えていた。日本体育大学アメリカンフットボール部では、屈強なフィジカルが求められるディフェンスライン(DL)やラインバッカー(LB)としてチームの守備陣を牽引した。
大学卒業後は、社会人アメリカンフットボール(Xリーグ)の強豪チーム「アサヒビールシルバースター」に入団。過酷な実業団リーグでも屈指のディフェンダーとして名を馳せ、2003年にドイツで開催された第2回アメリカンフットボールワールドカップ(W杯)では、見事に日本代表に選出された。
この世界大会で日本代表は見事連覇を達成し、俊作氏は世界一のタイトルホルダーとなった。身長180cm・体重85kg超という大柄で逞しい体躯から繰り出される鋭いタックルは、アメフト関係者からも絶賛された。兄の看板を一切利用せず、自らの肉体と汗のみで日本一、そして世界一の栄冠を掴み取った経歴は特筆に値する。