これほどまでに体型が激変した背景には、単なる自己管理不足や暴飲暴食ではなく、彼が背負ったグルメレポーターとしての過酷なプロ意識が存在します。
幕末塾の活動休止後、単独でのタレント活動を模索していた彦摩呂さんに転機が訪れたのは情報番組のリポーター枠でした。当時、料理のおいしさを分かりやすく言葉とリアクションで伝えるタレントは貴重であり、彼は独自の言語感覚を磨き上げます。北海道の海鮮丼ロケで生まれた「うわぁ、海の宝石箱や〜!」という伝説的フレーズを筆頭に、ユニークな比喩表現が次々と大ヒット。瞬く間に「食レポ界の第一人者」としての地位を確立しました。
しかし、その華々しいブレイクの裏には過酷な現場の現実がありました。最盛期には年間数百件におよぶ飲食店ロケをこなし、1日に何件もの店舗をハシゴすることも日常茶飯事でした。その際、彦摩呂さんは「料理を作ってくれた店主への敬意」として、カメラが止まった後も提供された料理を極力残さず完食するという確固たるルールを自らに課していたのです。
深夜や早朝の不規則なロケスケジュール、高カロリーなご当地グルメの連続、そして「残さずおいしく食べる」という誠実な仕事への向き合い方が重なり、現在の親しみやすいキャラクターへと体型が変化していきました。