尾上菊五郎の真骨頂といえば、何と言っても世話物の味わい深さである。江戸の市井に生きる人々の哀歓を見事に表現するその芸風は、他の追随を許さない。代表演目である『弁天娘女男白浪』の弁天小僧菊之助や日本駄右衛門の洗練されたセリフ回し、あるいは『仮名手本忠臣蔵』における重厚な悲劇性の表現など、観客を惹きつけて離さない魅力が詰まっている。
時代が変わろうとも、人間模様の本質は変わらない。劇中の小さな仕草ひとつに込められた江戸歌舞伎の精神を、彼はどのように体現しているのか。舞台の照明が落ち、静寂が広がる客席に響き渡る第一声。それだけで時代をタイムスリップさせる圧倒的な表現力は、まさに歌舞伎の神髄であり、後世へ語り継ぐべき至高の財産と言えるだろう。