近江神宮の主祭神は第38代天智天皇である。大化の改新を成し遂げ、飛鳥からこの近江大津宮へと都を遷した指導者だ。彼が目指したのは、律令制度による強固な国家体制の確立と、先進技術の導入による人々の暮らしの近代化だった。
なかでも象徴的な偉業が、日本初の水時計である「漏刻(ろうこく)」の設置と、鐘鼓による時報の開始である。時間を国家が管理し、社会の規律を整える。現代の社会構造の原点がここにある。境内にある時計館宝物館には、精密な和時計や日時計が並び、毎年6月10日の「時の記念日」には全国の時計業者が集う「漏刻祭」が執り行われる。時を司る祖神としての信仰は、今も色褪せていない。
さらに天智天皇は、小倉百人一首の巻頭を飾る歌「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」を詠んだ人物としても名高い。民の苦労に寄り添う為政者の温かな視線。その歌の記憶が、のちにこの場所を日本有数の文化拠点へと押し上げる決定打となった。