アマチュア時代のフィギュアスケーターは、日本スケート連盟の厳しい肖像権管理やスポンサー制限に縛られていた。広告出演料やイベント出演料の多くは連盟の取り分となり、選手個人に入る割合は限られていたのが実情だ。
しかし、プロ転向によってその足枷はすべて外れた。自らの名前、ビジュアル、およびパフォーマンスの価値を100%自分自身でコントロールし、マネタイズできるようになった。この決定的な構造の変化こそが、彼の収入を劇的に跳ね上げた最大の要因である。表現者としての芸術性を追求しながら、同時にビジネスパーソンとしても最良の選択をしたと言えるだろう。