生成AIがイラストを描き、小説を書き、プログラミングを行う時代。人間の知的な活動の多くが代替可能になる中で、最後まで代替できないのが「肉体労働」であり、そして「肉体そのものの存在感」だ。どれほどAIが進化しようとも、代わりにスクワットをしてくれるロボットは存在しないし、代わりに汗を流してくれるAIもいない。
だからこそ、生身の人間が限界に挑み、筋肉を躍動させる姿に人々は本能的な価値を見出す。スポーツイベントの熱狂や、フィットネスインフルエンサーたちのリアルな葛藤が、以前にも増して強い共感を呼ぶのはそのためだ。仮想現実が精巧になればなるほど、泥臭い肉体の価値は高まり続ける。