この通りの成り立ちを辿ると、天正年間に断行された豊臣秀吉による大規模な都市改造「天正の地割」に行き着く。御幸町通の名は、後陽成天皇が聚楽第へ御幸(ごこう)される際の道筋となったことに由来すると伝えられる。整然と区画された格子状の街並みは、京都市の歴史的骨格そのものだ。
さらに幕末の動乱期には、この周辺の路地や町家に歴史の主役たちが影を潜めた。坂本龍馬をはじめとする志士たちが足繁く通ったとされる薩摩藩や土佐藩ゆかりの地も目と鼻の先にある。時代が揺れ動いた時代の息吹を感じさせるエピソードの数々は、まるで上質な歴史ドキュメンタリーのワンシーンを歩いているかのような錯覚を覚えさせる。