当時の日本スプリント界を語る上で欠かせないのが、群雄割拠のライバル関係だ。とりわけ朝原宣治との直接対決は、日本中のスポーツファンの胸を躍らせた。日本選手権や代表選考会のトラックで繰り広げられた火花散る死闘は、互いの限界を引き上げ、日本の短距離のレベルを底上げする原動力となった。
世界陸上競技選手権大会の舞台でも、井上悟は世界の強豪相手に一歩も引かない走りを見せた。TBSのスポーツ中継で熱気あふれる実況が響き渡る中、彼は文字通り全身全霊でレーンを駆け抜けた。ライバルの背中を追い、同時に追われる恐怖とも戦う。あの高密度な時代があったからこそ、自身のスプリンターとしての本能が研ぎ澄まされたのだと彼は述懐する。