「蚊を叩いただけで島流しになった」「庶民は毎日怯えて暮らしていた」といったエピソードは、落語や講談などのエンターテインメントを通じて庶民の間に広まり、定着した都市伝説に過ぎない。実際には、蚊やノミの駆除が厳しく取り締まられたという公的な記録は存在しない。
綱吉が「犬公方」と呼ばれ、過剰な犬愛護がクローズアップされたのは、彼が丙戌(ひのえいぬ)の年生まれであったことや、母・桂昌院の強い影響があったためとされる。しかし、江戸市中に巨大な犬の保護施設(今でいうシェルター)を建設し、獣医師を配備して計画的に保護・飼育していた事実は、単なる趣味の領域を超えた本格的な行政事業であったことを物語っている。