1976年、音楽プロデューサーの松任谷正隆との結婚を機に「松任谷由実」へと改名。ここから夫婦二人三脚による日本のポップス史の書き換えが始まった。
ふたりのプライベートオフィスである「株式会社雲母社(きららしゃ)」は、単なる個人事務所の枠を超え、ユーミンのクリエイティビティを完全にコントロールするための強固な城塞として機能している。正隆氏はアレンジやステージ演出、ブランディングの全般を統括し、由実氏の豊かな詩的世界観を完璧なポップミュージックへと昇華させてきた。音楽業界におけるこの「黄金のタッグ」は、50年以上のキャリアを経た現在も衰えることなく、常にトップランナーとしての存在感を示し続けている。