数々の波乱を経て、三國連太郎が最終的に辿り着いた安住の地が、1972年に結婚した4人目の妻・友子さんとの生活であった。19歳年下であった友子さんは、それまでの賑やかで時に無秩序だった三國のプライベートを優しく包み込み、晩年の彼を精神的・肉体的に全面的に支え続けた。
周囲の証言によれば、友子さんは彼の独特な価値観や役作りのための極端な行動を深く理解し、陰で献身的に尽くしたという。2013年に三國が90歳でその生涯を閉じるまで、最期を看取ったのも彼女だった。破天荒を貫いた怪優が最期に見せた穏やかな微笑みは、この4人目の妻との間に築かれた絶対的な信頼関係があったからこそと言えるだろう。