なぜ一つの和菓子が、これほどまでに多くの名前を持つに至ったのか。その背景には、戦後の高度経済成長期における「焼き台メーカー」の販売戦略がある。
当時、全国の商店街やデパートの屋上にこのお菓子の実演販売機が導入された。その際、機械を製造・販売するメーカーが、それぞれの地域で親しみやすい名前や、新しさを感じさせる名前を独自に命名して機械を売り込んだのだ。商標登録をあえて厳しく制限しなかったことで、各地の店主が自由に名前をつけ、地域密着型のソウルフードとして定着していった。これは日本の商業史における、非常に稀有で成功したローカライズの事例と言える。