新原浩朗氏は1959年生まれ、東京都出身。名門・海城高校を経て、東京大学経済学部を卒業後の1984年、通商産業省(現・経済産業省)に入省しました。入省同期には通商交渉や安全保障分野で名を馳せた幹部が揃うなかでも、政策立案能力の高さは群を抜いていました。
新原氏のキャリアが大きく脚光を浴びたのは、首相官邸の中枢スタッフとして抜擢されて以降です。内閣府政策統括官(経済財政運営担当)、内閣官房副長官補付、人生100年時代構想推進室統括官などを歴任。首相の意向を瞬時に吸い上げ、省庁横断のプロジェクトとして具現化する手腕を発揮しました。
帝政ロシア末期の怪僧になぞらえた「官邸のラスプーチン」という異名は、政権中枢で他省庁を圧倒する絶大な権力を握り、首相に直言できる唯一無二の存在だったことから永田町周辺で囁かれ始めたものです。その異名が広く定着したこと自体が、同氏の影響力の凄まじさを物語っています。