作中で最も強烈なインパクトを残すのが、「ラン、ランララ、ランランラン…」という幼い少女のハミングが響き渡る挿入歌『ナウシカ・レクイエム(サントラ曲名:遠い日々)』です。王蟲(オーム)の幼生を庇う幼少期の回想シーンや、命を捧げたナウシカが金色の触手の上で蘇るクライマックスで使用されました。
この歌声を担当したのは、作曲者である久石譲氏の実の長女であり、現在は歌手・声楽家として活動する麻衣(当時4歳・本名:藤澤麻衣)氏です。この歴史的名演は、周到にキャスティングされたものではなく、制作現場における偶然と奇跡の産物でした。
当時の制作記録によると、久石氏は映画のデモテープを制作するにあたり、児童合唱団のプロの子供をスタジオに呼ぶ時間がなかったため、自宅で眠っていた4歳の娘を起こし、「ちょっと歌ってごらん」とマイクに向かわせました。あくまでメロディラインを確認するための「ガイドボーカル(仮歌)」に過ぎなかったのです。
しかし、完成したデモ音源を聴いたプロデューサーの高畑勲氏と宮崎駿監督は即座にその歌声に魅了されました。音程のわずかな揺らぎや、プロの子役には出せない無防備な純真さこそが、過酷な運命を背負うナウシカの心象風景と「失われた無垢な命への祈り」に完全に合致していたためです。
後にプロの少年少女合唱団で正式な本録音も試みられましたが、高畑プロデューサーは「上手すぎる。あの4歳の女の子のテイクでなければならない」と断言。自宅で録音されたデモ音源のトラックがそのまま映画本編に採用されるという、異例の決断が下されました。言葉の意味を持たない「ラララ」というスキャットだからこそ、国境や言語を超えて観客の胸を突く祈りの音楽となったのです。