政府の猛烈な圧力の前に立ちはだかったのが、大審院長官の児島惟謙だった。児島は「司法の独立が脅かされれば、日本はまっとうな近代国家として国際社会に認められない」という確固たる信念を貫いた。皇族に対する罪は自国の皇室に限られるという法解釈を守り、無期懲役の判決を主張したのだ。
裁判官への個別の説得や政府高官との非公式な面談など、児島の行動には一部で「司法権の内部での権限逸脱」との批判もつきまとう。だが、大国からの武力恫喝と政府の不当介入を突っぱね、刑法通りの判決を勝ち取った大審院の決定は、日本の「法の支配」が確立された象徴的瞬間として世界に衝撃を与えた。判決を聞いたニコライ2世もまた、日本の法的な毅然とした態度を受け入れ、軍事介入を回避したとされる。