すべての始まりは、横浜市立大学の教授でもあった異色の実業家、森泰吉郎(もり たいきちろう)の卓抜した先見の明にあった。戦後の混乱が残る東京都港区虎ノ門周辺で、地元の地主たちと粘り強く交渉を重ね、木造家屋が密集する地域を集約。「第1森ビル」「第2森ビル」と番号を冠したビルを次々と建設し、圧倒的なスピード感で不動産業の基礎を築き上げた。
泰吉郎の戦略は極めて堅実かつ合理的だった。質素倹約を尊び、執務に励む姿勢はまさに学者肌そのもの。だが、その背後に秘められた野望は誰よりも巨大だった。地権者との信頼関係を第一に掲げ、土地を買い叩くのではなく「共に未来の価値を創る」という共同開発の手法は、後の大規模都市再開発の原型となったのである。