なぜこれほどまでに、国民は皇后雅子さまに対して悲痛な思いを重ねてしまうのか。その根底にあるのは、2000年代初頭に大きく報じられた体調不良と、その後に宮内庁から正式発表された「適応障害」という病名である。
ご結婚当初、世間は新しい時代の皇室像を期待した。しかし、求められた役割の現実は、国際感覚を発揮すること以上に「男子の誕生」という無言かつ絶大なプレッシャーだった。人間関係や厳格な宮中儀式、プライベートがほぼ皆無の生活環境。元来、自立したプロフェッショナルとして生きてきた女性にとって、そのギャップがいかに過酷であったかは想像に難くない。
長期にわたる療養生活に入られた際、一部の心ないバッシングが吹き荒れる一方で、多くの国民は「一人の人間としての尊厳が損なわれているのではないか」という強い懸念を抱いた。この時期に形成された「悲劇のヒロイン」としてのイメージが、現在もなお続く「かわいそう」という言葉の原点となっている。