小泉家を去った佳代子氏は、出産した三男・宮本佳長氏を女手一つで育てる覚悟を決めた。生きていくために彼女が選んだ道は、不動産業界への飛び込みだった。宅地建物取引士の資格を取得し、外資系不動産会社で必死に働く傍ら、生き別れた二人の息子のニュースを遠くから見守り続ける日々が続いた。
一方、横須賀で育った孝太郎と進次郎にとって、母親の存在は長い間タブーとされていた。純一郎氏の姉が母親代わりとなって二人を育て上げたため、進次郎に至っては中学2年生になるまで伯母を実の母親だと信じ込んでいたという。佳代子氏からの面会交流の申し入れも叶わず、母と子の糸は完全に断ち切られたかに見えた。面会すら許されない厳しい冷現実に耐えながら、佳代子氏はただひたすら息子の健やかな成長を祈り続けていた。