『Deep Clear』は、小花美穂氏が青年・女性向けに連載していたサイキック・サスペンス漫画『Honey Bitter』の世界観に、大人になった紗南と羽山が訪れる形で展開します。人の心や感情が視えてしまうサイコメトリー能力を持つ探偵・音川珠里のもとへ、ある日「夫の浮気調査」の依頼が持ち込まれます。依頼主の代理人は、かつて紗南のマネージャー兼ヒモとして同居し、現在は紗南の個人事務所社長を務める相模玲でした。
依頼内容は、妊娠中の紗南を置いて家を出ていき、道場に寝泊まりしている夫・羽山秋人の素行調査。連載当時の読者を驚愕させたのは、あの羽山が「妊娠中の妻を放置して別居している」という冷徹な事実でした。ネット上では一時「羽山がDVで逃亡したのか」「冷めきって破局したのではないか」という憶測すら飛び交いましたが、真相はまったく逆の、胸が張り裂けるような悲劇的な心理葛藤にありました。
羽山秋人は、自分が生まれた瞬間に実母が命を落としたという生い立ちを背負っています。姉や父親から「悪魔」「人殺し」と疎まれて育った幼少期の傷は、紗南の無償の愛によって癒やされたはずでした。しかし、最愛の紗南が自分との子どもを宿した瞬間、封印されていた怪物が再び目を覚まします。「紗南が出産で死んでしまったらどうするのか」「自分の子どもが、かつての自分と同じように母親を殺すのではないか」という狂気的な恐怖です。
「紗南の命が危うくなるくらいなら、子どもをあきらめてほしい(中絶してほしい)」と口にしてしまった羽山。命を宿した喜びと母性に満ちあふれる紗南がそれを受け入れられるはずもなく、激しい口論の末、羽山は自分の弱さと恐怖に耐えかねて家を飛び出していたのです。浮気などではなく、愛する女性を失う恐怖に押し潰された羽山秋人の壮絶な逃避行でした。
物語のクライマックス、産気づいた紗南は極度の難産に陥り、母子ともに生命の危機に瀕します。病院へ駆けつけた羽山に対し、紗南は意識朦朧の中で魂の叫びをぶつけます。「あんたのお母さんは、あんたを産んで死んだんじゃない。あんたを産んで、生ききったんだよ!」。母親の死に囚われ続けてきた羽山の呪縛を解いたのは、命を賭して母になろうとする紗南の覚悟でした。
無事に誕生した赤ん坊は元気な女の子。名前は「紗里(さり)」と名付けられました。自分の娘をその腕に抱きしめ、人目も憚らず大粒の涙を流した羽山秋人の姿は、1990年代から見守り続けてきた読者の涙腺をも完全に崩壊させました。羽山は現在、整体師としての腕を振るいながら、家庭では紗南と愛娘・紗里を命がけで守る、不器用ながらも深い愛情を注ぐ父親となっています。