それは、あまりにも広範囲だった。東北の地方都市・八戸で製造された弁当が、関東や関西のスーパー、百貨店の催事場へと運ばれ、各地で次々と体調不良を訴える人々が続出した。被害届は28都府県に及び、最終的な患者数は500人を超えた。誰もが知る有名駅弁ブランドの崩壊。この事件は、日本の食品流通網がいかに効率的で、同時にいかに脆弱であるかを浮き彫りにした。
被害者の多くが口にしたのは、異臭や糸を引くような違和感だったという。しかし、見た目や匂いだけでは判断できない微量な毒素が、すでに弁当全体に広がっていた。全国規模の物流網が、皮肉にも被害のスピードと規模を最大化させてしまったのだ。