ふたりの歩みを振り返る上で欠かせないのが、出会いの場となった日本映画学校(現・日本映画大学)だ。映画監督を目指して横浜のキャンパスに集まった二人は、劇作家の講師を務める授業などを通じて意気投合。役者や演出を学ぶ中で生まれた独特の掛け合いが、後のコンビ結成へとつながっていく。
同校の同級生には、現在も親交が深い出川哲朗がいたことも有名なエピソードだ。彼らと共に切磋琢磨した日々は、後にマセキ芸能社へ所属し、プロのお笑いコンビとしてデビューする強固な土台となった。個性の異なる内村のシュールな感性と南原のダイナミックな表現力は、瞬く間に若手お笑いシーンで異彩を放ち始めたのである。