本木雅弘と内田也哉子の教育方針は、日本の芸能界における従来の常識とは大きく一線を画していた。家族でイギリス・ロンドンへ拠点を移した決断は、子どもたちに「本木雅弘の子」「樹木希林の孫」という周囲の色眼鏡から解放された、一個人としてのフラットな環境を与えるための英断だった。
異なる言語、異なる文化、多様な価値観が交差するヨーロッパの空気の中で、子どもたちは自らの意思で考え、発言する強さを身につけた。型通りの詰め込み教育ではなく、本物のアートや文学、多様な人々に囲まれて過ごした日々が、彼らの豊かな人間性の土台となっている。親の背中を見せつつも、過保護にならず対等な人間として接する本木家の距離感が、揺るぎない自立心を育んだ。