森ビルの源流は、大学教授という異色の肩書を持っていた森泰吉郎が1959年に立ち上げた事業にある。関東大震災や戦災で荒廃した虎ノ門・新橋エリアの土地を地道に買い集め、ナンバービルと呼ばれる「第○森ビル」を次々と建設していった。借金を極端に嫌い、自己資金と堅実な賃貸経営に徹した泰吉郎の経営手法は、バブル経済の狂乱期にあっても揺らぐことはなかった。
泰吉郎には3人の息子がいた。長男の森敬は学究肌の学者として身を立てたが早世。事業を支えたのは、都市への情熱を燃やす次男の森稔と、卓越した財務感覚を持つ三男の森章だった。1993年に泰吉郎が他界した際、残された遺産の規模は当時の貨幣価値で兆単位に達し、莫大な相続税対策と後継体制の確立が一族に重くのしかかった。