ネット上の言説においてしばしば混同されるのが、「単に不快なだけの悪趣味小説(胸糞小説)」と「後世に残るトラウマホラー名作」の違いです。両者を分かつ決定的な境界線は、残酷描写が物語の必然性およびテーマと有機的に結合しているか否かという点にあります。
消費されるだけの悪趣味な作品は、読者を驚かせるためだけに過激なシーンを無秩序に羅列しがちです。しかし、貴志祐介や平山夢明といった一流の書き手は、人間の根源的な弱さ、社会構造の歪み、あるいは生命の進化論的宿命といった重厚な主題を際立たせるための「不可欠なメス」として残酷描写を用いています。
救いのない結末(イヤミス展開)であっても、読者が深い読後感を得られるのは、そこに人間の愚行や狂気に対する鋭利な洞察が含まれているからです。単なるスプラッター表現の過激さだけで作品を評価するのではなく、その奥にある「論理の強度」を見極めることが重要です。