過酷な抗がん剤治療と復帰への道のりにおいて、最大の推進力となったのが妻をはじめとする家族の献身的な支えでした。
菅谷アナは手記や取材の中で、がんと告知された当夜、妻に対して率直に病状を打ち明けた瞬間を振り返っています。取り乱すことなく現実を受け止め、「一緒に治していこう」と前を向いてくれた妻の存在が、暗闇の中にあった菅谷アナの心をどれほど救ったかは想像に難くありません。日々の食事管理や服薬サポートはもちろん、精神的に落ち込みがちな治療期間中も、家庭内を常に明るく日常的な空間として保ち続けたことが大きな支えとなりました。
家族社会学および臨床心理学の観点から見ると、大病を患った家族関係においてしばしば問題となるのが「過剰な看病による共依存」や「介護うつ」です。しかし菅谷夫妻の間には、互いの感情を尊重しながらも過度に抱え込ませない「健全な心理的バウンダリー(境界線)」が保たれていました。患者本人が「自分の足で立ち、職場へ戻る」という主体性を失わず、家族側も生活者としての日常を守り抜いた距離感こそが、治療を完遂させる強固な基盤となったのです。