インターネット上やファンの間で語られる内藤国雄の歌手活動については、時代の経過とともにいくつか事実と異なる憶測や誤解が広まっています。一次情報と公式記録をもとに、代表的な3つの誤解を正します。
誤解1:「歌手活動に専念するため将棋を一時期休場していた?」
これは完全な誤りです。『おゆき』が大ヒットした1976年前後も、内藤九段は公式戦を一切休場することなく、年間を通じて過酷な順位戦やタイトル戦を戦い抜いていました。対局の前日に歌番組の収録をこなし、深夜移動の後に朝から盤に向かうという凄まじいスケジュールを敢行しながら、棋士としてのハイレベルな勝率を維持し続けました。
誤解2:「一発屋の企画モノとして作られた楽曲だった?」
『おゆき』は単発の novelty song(企画ソング)ではありませんでした。前述の通り、作曲家・弦哲也氏の本格的なメジャー進出を賭けた渾身の勝負曲であり、その後も内藤は『おとこ節』『残侠一代』など複数の本格演歌シングルやアルバムを発表しています。音楽業界内でもその確かな歌唱力と表現力は高く評価されていました。
誤解3:「印税で将棋連盟とトラブルになった?」
一部のゴシップで囁かれたような連盟との金銭トラブルは存在しません。日本将棋連盟は棋士個人の文化活動やタレント活動に対して寛容であり、内藤のヒットは将棋の普及・認知度向上に莫大な貢献を果たしたとして、むしろ棋界全体から大いに歓迎されました。