幕が開き、花道から登場するだけで劇場の空気が一段低く沈み込む。歌舞伎座の檜舞台において、六代目松助が見せた悪役や老爺、あるいは世話物の市井の人々の佇まいには、嘘のない人間の情念が滲んでいた。音羽屋の屋号を掲げ、当代の尾上菊五郎率いる菊五郎劇団の屋台骨として、彼はまさに舞台に不可欠な「鍵」であり続けた。
主役を際立たせるための間合い、セリフを投げかける角度、微細な衣擦れの音に至るまで、その芝居には計算し尽くされた美学があった。単に主役を引き立てるだけではない。松助が演じる敵役が冷徹であればあるほど、善人の悲哀が際立ち、ドラマの強度が跳ね上がる。歌舞伎という様式美の世界で、生々しいリアリティを吹き込む職人技は、観客のみならず同世代の役者たちからも絶大な敬意を集めていた。