内村航平という怪物が誕生した原点は、長崎県諫早市にあった。父・内村和久氏と周子氏が私財を投じて立ち上げた「スポーツクラブ内村」である。体育館というよりは、巨大なトランポリンやマットが所狭しと並ぶ遊び場のような空間だった。
周子氏の教育方針は徹底して「自主性の尊重」だった。練習を無理強いすることは一切なく、航平氏が納得いくまでトランポリンで宙返りを繰り返すのをただ見守った。空中感覚、ひねりのタイミング、着地の恐怖心の克服――すべては遊びの延長線上で自然と身体に刻み込まれていったのだ。
「やらされる練習」からは本物の表現力は生まれない。周子氏が貫いたこの哲学が、後に世界を震撼させる「美しく正確無比な体操」の強固な土台となったことは疑いようがない。