この事件最大のミステリーが、「絵島と生島新五郎の間に本当に男女の密通関係があったのか」という点です。後世の講談や小説、演劇などでは、二人の燃え上がるような許されざる恋や逢瀬がドラマチックに描かれてきました。
しかし、当時の公的記録や取り調べの一次史料を精査すると、肉体関係(密通)を決定づける明確な証拠は存在しないというのが現代の定説です。絵島自身も厳しい詮議の中で一貫して不義密通を否定し続けたとされています。生島新五郎も過酷な取り調べを受けましたが、具体的な密通の言質が決定打となったわけではありませんでした。
幕府が最も問題視したのは、密通の有無そのものよりも「大奥の最高幹部が町衆の芸能者と遊興に耽り、城の門限を破って風紀を乱した」という事実、そしてそれを口実に大奥の綱紀粛正と反対勢力の排除を一気に推し進めることでした。つまり、二人の密通劇は、政治的粛清を正当化するために誇張・捏造された「濡れ衣」であった可能性が極めて高いといえます。